我思う、ゆえに我が誕生日あり

Ericの心相数お便り · 002 · 2026.06.07

人は、一人では一日も生きていけない。

今朝あなたが口にしたおにぎりもサンドウィッチも、その手に届くまでに、何人もの手を渡ってきた。あなたを支えた道は、だれかが敷いたものだ。自分の力だけで立っていると思いたい。けれど私たちは、いつも、会うことのない人たちに支えられている。——そして、たしかに出会う、ほんの少しの人たちにも。

その出会う人たちが、人生のかたちを変えていく。扉を開けてくれた人。そして、その同じ人が、いつか、その扉を閉めるかも知れない。

アンワル・イブラヒムにとって、その人は、マハティール・モハマドだった。

アンワルは、いまのマレーシアの首相だ。1947年8月10日、ペナンに生まれた。心相数393、運気数は6。けれど、彼の物語は、マハティールなしには語れない。アンワルを副首相にまで引き上げ、そして、切り捨てた人。四十年のあいだ、二人は、どちらか一方だけでは意味をなさないほど、固く結ばれていた。

アンワル・イブラヒム 心相数393 運気数6 運気リズム

マハティールの誕生日は、1925年7月10日。心相数は887。運気数は6——アンワルと、同じだ。生涯の相棒が、まったく同じ波を生きていたのか。なるほど。

けれど、マハティールの人生を、その波の上に並べてみると——噛み合わない。

第4代首相に就いた1981年は、下降期。やるべきことをやり尽くし、22年の任期を終えて退いた2003年は、上昇期。もっとも手痛い二つの敗北、1969年と2022年は、どちらも収穫期。登りつめる年に、運気は沈んでいた。仕事を仕上げた年に、運気は昇っていた。敗れた年が、実りの季節だった。

マハティール・モハマド 心相数887(1925年7月10日)運気リズム

そういえば、マレーシアの時間そのものを変えたのはマハティールだ、という説があった。実際、1982年、彼は半島マレーシアの時計を30分進め、東マレーシアと同じ時刻に統一している。記録に残るのは、それだけだ。なぜそうしたのか——自分の”時勢”を手に入れるために、と。

その誕生日が、どこから来たのかを、もう一度たどってみた。7月10日は、マハティールが生まれた日。けれど、その日が書類に載ることはなかった。父親が出生を届け出たとき、書いたのは別の日付——1925年12月20日。本当の日は、辞書の裏に書きとめられていたという。

二つの誕生日。ひとつは、辞書の奥に。もうひとつは、あらゆる書類に、あらゆる記録に、彼がこの先サインするすべての紙の上に。彼が生きたのは、こちらだった。12月20日が、彼を学校へ、官僚の道へ、22年の首相の座へと運んでいった。世界が出会ったマハティールは、12月20日の人だった。

では——彼が生きたのが、12月20日だったなら。

心相数は854。運気数は3。

マハティール・モハマド 心相数854(1925年12月20日 戸籍上)運気リズム

もう一度、人生を並べてみる。下院議員に初当選した1964年は、上昇期。落選し、党を追われた1969年は、下降期。首相に就いた1981年は、上昇期。22年を終えて退いた2003年は、収穫期。53年ぶりの落選を喫した2022年は、下降期。登った年は、上昇期に。失った年は、下降期に。手放した年は、収穫期に。今度は、ひとつ残らず、局面と重なった。

運気数3のマハティールは、アンワルと同じ波ではない。逆の波だ。

1998年、マハティールが上昇期にいたとき、アンワルは下降期にいた。2022年、アンワルが収穫期に入ったとき、マハティールは下降期にいた。

「我思う、ゆえに我あり」。17世紀フランスの哲学者、ルネ・デカルトの命題だ。

マハティールは、自分の生まれた日を知っていた。知っていて、別の日を生きた。

私たちは、どう生きていたいのか。その問いの先に、人生のかたちがある。

「明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)」——本当に大切なものは、すでに自分の手の中にあるのだ。

* 就任、解任、当選、落選——世間が貼るレッテルと、運気リズムの局面とが、合わないように見える年があるかも知れない。そこには、別の意味があるのかも知れない。ただ、ここではそこまでの解釈はしない。あくまでも、全体の流れを見ている。それだけのことだと、ご理解いただきたい。

— Eric


編集後記

寂れたペン先を研ごうとしても、ペンはなかなか思うとおりには走ってくれない。

日本に留学していた頃は、もの凄い多読だった。今では、できることなら永遠に映画を観ていたい。映画を観ていると、脳が無限に刺激を受けて、インプットを超えるアウトプットが出てくる——そんな自信がある。

昨日は、ジャンルをスリラーに選んでみた。すぐにやめた。最初から「ここはヒントですよ、分かってくださいね」という信号が多すぎて、脳味噌が拒否した。犯罪ものに切り替えた。今度は、まったく想像できない展開に、ドーパミンが沸きたった。その麻薬が全身から引いたとき、時計は深夜三時ごろだった。

私は、未知がいいのだ。誰かに「これはこういうものです」と教わると、急に興が醒めてしまう。 アンワル首相を書こうとすると、どうしても、日本人に馴染みのあるマハティール前首相を引っ張り出してこないと気が済まない。”時勢”を変えた話は、学生時代にも聞いていた。でも、あらためて調べてみたら、やはり凄いことだと、気付かずにはいられなかった。人の上に立つには、やはり、相当な覚悟が要る。

今回の調べで、まだまだ甘い自分がいることに、あらためて気付いた。心相数を通じて、私に見せてくれた全ての著名人にリスペクトを払いたい。まだ、この程度の話じゃない。もっと人を驚かせるような真実は待っていてくれている。そう思った。

真実はすでに呼んでいる。私は再び走り出した。

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